東京大学血管外科

腹部大動脈瘤に対する治療

腹部大動脈瘤とは?

大動脈は腹部で約2㎝の径(胸部で2.5㎝程度)があります。これが1.5倍の3㎝になると“瘤”といわれ、また2.5倍の5㎝になると破裂する危険性が増します。

腹部大動脈瘤は4㎝台ではほとんど破裂しませんが、5㎝大になると年間破裂率が3-15%と増加します。(図1)

腹部大動脈瘤最大短径(cm)破裂率(%/年)
< 40
4 − 50.5 − 5
5 − 63 − 15
6 − 710 − 20
7 − 820 − 40
> 830 − 50

(図1)

ほとんどの場合症状がありませんので、患者さん本人はけろっとしています。検診で見つかることが多く、また「おなかを触ったらなんかドキドキ拍動する塊がある」という訴えで来院される方もいます。

治療の適応は?

どんなに安全といわれても、手術を進んで受けたいという人はいません。死亡率だって0ではないし、合併症もどんなものがあるかわかったものじゃない、でも破裂するかもしれないからやむなく受ける、という方がほとんどでしょう。そこであるのがガイドライン(大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン2011年改訂版)(図2)で、主に瘤の径で線引きをしてくれています。径に関してざっくり申し上げると55㎜なら絶対やったほうがいい、50㎜はやったほうがいい、40㎜台は積極的にはお勧めしない、ということになります。

ⅡaⅡb
最大短径男性:
最大短径 > 55mm
(Level A)
女性:
最大短径 > 50mm
(Level A)
最大短径 > 50mm
(Level C)
最大短径
40〜50mm
(手術危険度が少なく生命予後が見込める患者,
経過観察のできない患者)
(Level C)
最大短径 < 40mm
(Level C)
拡張速度拡張速度 > 5mm/6か月
(Level C)
症状腹痛・腰痛・背部痛など
有症状(Level C)
その他感染性動脈瘤(Level C)塞栓源となっている動脈瘤
(Level C)
出血傾向を示す動脈瘤
(Level C)

(図2)

手術の方法は?

開腹手術(図3)とステントグラフト内挿術(図4)があります。

手術の方法は?(図3)
(図3)
手術の方法は?(図4)
(図4)

どちらがいいのでしょうか?ステントグラフト内挿術は、カテーテルやワイヤーを使う血管内治療で、傷も小さく身体に優しい低侵襲治療です。これだけ聞くとこちらがいいに決まってますよね。

ですが欠点があります。ステントグラフトは瘤の上下で橋渡しをして瘤に血圧がかからないようにする手技ですが、開腹手術のように針糸で人工血管(グラフト)を縫い付けているわけではありません。留置したステントグラフトがずれたり漏れたりしないようにするのは、大きめのグラフトを大動脈に入れることで摩擦力で抜けないようにしているだけなのです。もちろんうまくいけば何年も何十年もそのままで瘤は破裂せずに、中には縮小する瘤も散見されます。ただ、術後も定期的にずれや漏れがないかは注意深くチェックしなくてはなりませんし、その兆候があれば追加治療が必要です。よって、開腹手術は「大きな手術を思い切って一回」、ステントグラフト治療は「小さい手術だけれども何度か手直しが要る可能性あり」、と思っていただければと思います。

開腹手術の手術死亡率は、全国平均で2-3%といわれています。手術をたくさんやっている施設(high volume centerといいます)では1-2%です。当科では幸いにも0.2%と低く、この20年ほど入院中死亡症例はありません。大学病院ならではの種々の検査や、他科(循環器内科、麻酔科、救急科など)の濃厚な関与が、重篤な手術合併症を予防しているのだと私たちは考えています。

ステントグラフト治療のはらむ危険性

下のチェックリスト(図5)をご覧ください。患者さんにこれらの危険因子が複数あればステントグラフトの適応かもしれません。

ステントグラフト治療のはらむ危険性(図5)
(図5)

幸いにもほとんどなければ、開腹手術を当科ではお勧めします。厚生労働省の指針も、まずは開腹手術を考えなさい、リスクの高い患者さんはステントグラフト治療を、となっています。私たちもステントグラフトが日本に導入された当初からこの治療を行ってきましたが、挿入後にステントグラフトの形が少しずつ変わってきたり、わずかですがずれてきたりしているのを見て、安易に留置することに警鐘を鳴らしてきました。(図6)

ステントグラフト治療のはらむ危険性(図6)
(図6)

2017年に日本のステントグラフト治療の成績(38,008例の解析)が論文発表されました。(Hoshina, et al. Ann Surg 2017) ここには上記の危険因子の話や、死亡率、合併症率などリアルワールドのデータが示されています。中でも驚きだったのは、ステントグラフト治療5年後には23%の症例で瘤が大きくなっていたということです(図7)。

ステントグラフト治療のはらむ危険性(図7)
(図7)

瘤が大きくなったら何らかの追加治療を考えていかなくてはなりません。低侵襲だからとか、手術がたくさんこなせる(いやな言い方ですね)から、といって深く考えずに治療をしていったツケが、今あちこちの病院、施設で露わになっています。こういったことは新しいデバイス(道具)がでてくるたびに医学史上何度も繰り返されてきました。せっかくステントグラフトという素晴らしい治療法が出てきたのですから、適切な使用法を模索して改善し、より完成度の高いものに改善していかなくてはなりません。そのためにも私たちは、「1例1例を考えながら、充分な議論の上で」適応を決めて、治療をすることを心がけています。今正しいとされていることでも10年後は誤ちであるとわかった、などという例は後を絶ちません。遠い将来も含めて患者さんがよりよい状態になっていただくために、私たち外科医はデータをかき集め続け、考える続けることを止めてはならないのです。

ステントグラフトの種類は何がいいの?

現在販売されているステントグラフトはいくつかありますが(図8)、どれもそれぞれの特性があります。動脈瘤の解剖学的条件を満たせば、どのデバイスを使ってもいいことになっています。導入当初は、術者の使い慣れたもの・操作が簡単なものが多く使われる傾向がありました。しかし経験を重ねるにつれて、瘤の部位や形によってデバイスを使い分けるべきではないかという声がでてきました。当科でも、安易なデバイス選択はせずに、こういう形にはこのデバイス、というような議論をすべての症例で術前に行っています。なんでこのデバイスを使うのですか、と聞かれたときにちゃんと答えられることは大事です。こういう細かな術前評価をしていくことで、このステントグラフトという治療の完成度がより高くなっていくと考えています。将来は開腹手術に匹敵する確実性のある治療になってくれればと願っています。

(*公表はされていませんが、前述の日本のステントグラフトデータではデバイスごとの成績が出ていて、さまざまな結果(合併症や瘤の拡張率)において差がついています。)

ステントグラフトの種類は何がいいの?(図8)
(図8:ステントグラフトの種類)